前回のエントリをして海外出張に無理無理行き、どこに行ってもちっとも楽しめない(海外の時はオフタイムは楽しもうと思っているけど…)どころかつらい気持ちばかりが募ったが、なんとか帰国し、もう意識朦朧になっていた猫を連れ帰り、昨日看取ることができた。
腎不全猫の看取りは時につらいという情報を得ていたので相当覚悟していたが、死んでしまったのが5分くらい理解できずにずっと声をかけていた。心拍が確認できないのは私がどきどきしているから?鼻息が聞こえないのはエアコンの風のせい?取り乱してしまったが、恐れていた痙攣も1回で、その一度の痙攣で大きな息をしたときにたぶん息絶えたのだと思う。想像したよりも穏やかで、立派な最期だったと思う。
動物病院の神対応にて往診や、今日になっては生花が届くなど恐ろしく良心的だった。(別に料金は高すぎない)猫も病院と相性が良かったのも助かった。10月からちょっとグレーがかった毎日を送った。飲み会はさらに断り、バレエも行かず、最後は好きになった乗馬もさっぱり行かず引きこもって世話していた。仕事で終日出かける日は日帰り入院、日帰り入院でない日は通院。
でも思えば犬のように利口で「出張から帰ってくるまで生きてて」という願いをかなえてくれ、あ、もう大丈夫なんだな、と息絶えたのだと思う。獣医さんに「いつまで持ちますか?」と聞いても数週間前から答えは一緒で「強い子だから、がんばっているけど、もう普通ならいつ何があってもおかしくない状況」だった。しかし強い猫だった。最後くらい私の面倒をきちんと見なさいという彼女なりのメッセージだったような。子どものころに病死した犬の最期もタッチの差で看取れず、自分の父親の看取りもできず、という私だったが、猫の看取りはきちんとできた。ちゃんとしろ、ということだったのだと思う。
あと1匹猫はいる。この子もしっかりと最期まで面倒を見る。しかし、ぽっかりと心に大きな穴があいて、とても寂しい。寂しい年末年始になった。